I Can Help
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ぼくのことを知らない人のために言っておくと、自分はこの世に生を受けた翌日に、両親に養子として引き取られたんだ。10歳くらいのとき、自身がまったく両親に似ていないことに気づき始めた。だからある日、ぼくはふたりにこう訊いてみたんだ。「ねえ、これってどういうことなの?」と。
すると彼らは、ぼくが養子だと教えてくれた。
「へえ、そっか」って、ぼくはなんとなく返事をした。
本当だよ。これが実際に起きたことなんだ。なにも構えるようなことではなかった。ぼくが尋ね、両親が応えた。それだけさ。そしてぼくは「オーケー、じゃあ今から外に出て遊んできていいかな?」ってかんじで。
ぼくの母さん、パティは自分が知っている唯一の母で、ぼくの父さん、ウェインは自分が知っているただひとりの父だ。
ぼくはこれで完全にハッピーだ。
おそらくぼくは自分がいかに幸運かを、ずいぶん若い頃から知っていただけだ。ぼくがいつも言っているのは、ある子どもたちは母さんのお腹のなかで育つけれど、自分は母さんの心のなかで育った、ということ。母さんも父さんも本当に良くしてくれたから、ぼくはこの両親に育ててもらったことを、宝くじを当てたようなものと捉えている。心から、そう思っているんだ。
両親はもう引退したけど、ぼくが子どもの頃は二人とも体育の先生だった。彼らはぼくに礼儀正しく振る舞うことや、他者を敬うことを口すっぱく教えてくれた。そして自分は彼らが教え子たちと触れ合う姿を見て、そうしたことを学んでいったんだ。
読者のあなたも想像できると思うけど、言い争いやけんかは屋内スポーツのときに、頻繁に起きるものだ。子どもたちがバスケットボールやバレーボールのコートなんかに出ると、途端に勝負にこだわりはじめ、ときには手に負えなくなってしまう。子どもたちはファウルを取られたり、ボールが外に出たと言われると、文句を言うものだからね。
このような状況は往々にして、瞬時にエスカレートしてしまいがちだ。
でもぼくの両親のクラスでは、そんなことにはならない。
うちの両親のクラスで言い争いやけんかが始まりそうになると、すぐに先生である彼らが止めに入り、すぐに場を和ませようとする。なぜなら、それが彼らの仕事であると同時に、彼らの人柄によるところでもあるからだ。自分もそんなふうに育ててもらったよ。彼らは常にまっとうなほうの側に立ち、誰かがいじめられたり、誰かがなにか良くないことを始めようとしたりすると、サイドラインで黙って見ていたりしなかった。
そんなロールモデルを近くで見ていたことは、ぼくにとって大きかった。うちの両親は他者とどう接するのかを、ただ教えるだけでなく、実際に見せてくれたんだ──とりわけ、先生と生徒のことになるとね。彼らは好例を見せて、指導してくれたわけだ。
成長していくなかで、ぼくは学校でいじめやけんかといった多くのネガティブなことを見てきた。きっと自分と同世代の人たちの多くが、同じ経験をしてきたはずだ。でもソーシャル・メディアが一気に広まった現在は、もっと危ない状況になっているよね。インターネットが、人々に世界中のあらゆるものにアクセスできるようにしてくれたのは事実だ。
でもそこには、ネガティブなものも含まれている。
ぼくには、8歳と11歳になるいとこがいる。彼らは今から、ソーシャル・メディアの世界に入っていくことになる。あるいはもう入っているかもしれないね。またぼくはアメリカの様々なボールパークで、多くのいろんな子どもたちと会う。そして彼らが、オンライン上で直面しているネガティブな事柄について、話を聞くんだ。
そして自分が見てきただけでも、オンライン上には、ポジティブなものよりも、ネガティブなものの方が圧倒的に多い。
だからちょうどうちの両親が、クラスで言い争いが起きたときや、誰かがひとりの子をいじめているとき、あるいは誰かがネガティブなことを言われているときにするように、ぼくも止めに入ろうと思う。
オンライン上でいかに振る舞うべきか、それを教えるハンドブックはない。誰もが自由にやっていいってかんじだよね。だからこそ、ぼくは #ICANHELP という教育プログラムと手を組んだんだ。このプログラムでは、生徒や先生がネガティブな事象を見たときにそれを止められるように、プランを講じている。
教室やソーシャル・メディアでネガティブなものを目にしたとき、生徒たちが立ち上がってなにかを言うのは、簡単ではないと思うんだ。なぜなら、座ったまま、これは自分には関係のないことだと考えるほうが楽だからね。あるいは、サイドラインに立って巻き込まれないようにするほうが楽だから。
実際、それこそが問題なんだ。ネガティブな振る舞いがまかり通ってしまうと、手がつけられない状況になりがちだ。なぜなら、ネガティブなものやヘイトといったものは、すぐに広まってしまうものだから。
でもポジティブなものや思いやり、勇気も同様に広まるものだ。
そしてもし、ぼくが子どもたちに良い影響を与えて、彼らがポジティブなものを広める勇気を持ってくれたら、ネガティブなものを止めて、物事の文脈を変えることができると思うんだ。
ぼくは野球場で自分が残していることよりも大きなインパクトを、この世界に残したい。自分は世界一の両親に恵まれた。そんな彼らへの恩返しをする最良の方法は、母さんと父さんが教えてくれたこと──それによって今の自分が形作られた──を、次の世代に引き継いでいくことだと思うんだ。
ぼくは助けることができる。
ぼくは手を差し伸べるよ。
そしていつの日か、今よりもネガティブな物事が少ない世界に──とりわけオンライン上に──生きることができたらいい。そうなったら、ぼくは自分の人生を振り返ったときに、人助けができたと思えるだろうから。