“手紙” あの頃の君へ ~Letter to My Younger Self~
To Read in English(Published Sep 27, 2021),click here.
親愛なる12歳のデレクへ
この手紙は、デーブ・ウィンフィールドのポスターを部屋に飾っていた少年に宛てたものだよ。
誕生日に叔母さんからもらったヤンキースのスタータージャケット、キャップ、それにヤンキースのロゴをかたどったペンダントを身に着けていた少年さ。
6年生の時の出し物大会で“P.Y.T.(マイケル・ジャクソンの楽曲)”を踊った少年でもある。(心配するなよ。それを撮ったホームビデオはすでに破壊済みさ)
ソフトボールの社会人リーグで父親がショートでプレーする姿を見て、「父さんこそが僕の英雄だ。大きくなったら父さんみたいになりたい」と思った少年だ。
この手紙は、ミシガン州のカラマズー出身で、ラルフ・トレスヴァント(“New Edition”のボーカル)を真似て髪をボサボサに伸ばし、そして誰しもがクレイジーと思うような夢を抱いていた少年へ宛てたものだ。
この手紙は、デーブ・ウィンフィールドのポスターを部屋に飾っていた少年に宛てたものだよ
- デレク・ジーター
野球。
野球だけだ。それ以外何もない。
ずっと、常にそうだった。
最初、君が夢見たメジャーリーグは絵空事に過ぎなかった。自分とは別次元の話のような、遠くかけはなれた夢。野球カードやポスターや、キャップのようなリアリティはないけど、スリリングな何か。だけど、ある日、街にヤンキースが来て、両親が君を旧タイガー・スタジアムでの試合に連れて行ってくれた。そしてその瞬間、全てが変わったんだよね。まるで、誰かが電気のスイッチを入れたように明かりが灯った。球場のゲートをくぐって、外野席に座った途端、君の夢は鮮やかに色づいたんだ。
なぜか、それは、思い描いていた夢よりも素晴らしいものだった。
人生において、そんなことが起きるなんてめったにないだろう?
試合の中盤あたりで、君は両親の方を振り返ってこう言ったよね。「いつの日か、二人はあそこでプレーしている僕を見ることになるよ」
タイガー・スタジアムでのその瞬間から、君の人生は野球一色になった。他には何もない。4年生の時の将来のキャリアを考える授業でも、クラスメートの前で「大きくなったら、ニューヨーク・ヤンキースのショートでプレーしたい」と言った。
そして、どうにかこうにかして、君のその夢は実現することになるんだ。
だけど、僕が君に話したいのはそのことじゃない。いろんな意味で、そうした成功話を語る方がたやすい。おとぎ話のようなものだからね。みんなが聞きたいと思うのもそんな話だ。みんなが聞きたくない話、そして君だってたぶん聞きたくないと思う話、それは失敗についてだ。
そして、信じたくないだろうが君は失敗することになる。それも思いっきり見事なまでにね。打席でも、守備でも。あらゆる全てにおいてだ。マイナーリーグのガルフ・コーストリーグでの最初の経験は悪夢になる。君はもう居心地のよい故郷のカラマズーにはいないんだよ。
マイナーリーグのガルフ・コーストリーグでの最初の経験は悪夢になる。君はもう居心地のよい故郷のカラマズーにはいないんだよ
- デレク・ジーター
初日に君は7打席0安打、5三振をくらうことになる。アウトになる度にダグアウトへ戻る道がさらに長く感じるようになるだろう。
なんとかしてシーズンを通じて打率2割をキープするために必死にもがくに違いない。
タンパ湾を望むラディソンホテルの部屋のバルコニーに座り、涙を流しながら多くの夜を過ごすことになるだろう。あまりに自分自身が不甲斐なくて、君は母さんに電話して、契約金をスタインブレナーに返して家に戻れないだろうかと聞くことになるだろう。
君は父さんと母さんに感謝しなければならない。父さんと母さんは、電話の向こう側で、冷静沈着に君が辞めることを止めてくれるはずだ。
契約金についても神に感謝しなければならない。カラマズーまでの長距離電話は月に300ドルぐらいかかるからね。毎晩、君は両親に電話で話すことになる。君がしたひどい失敗についてとか、やっぱりミシガン大学に行って大学野球を先にするべきだったとか、こんなハイレベルの競争や、孤独、失敗には耐えられないとか。
両親が君にかけることができる魔法の言葉なんてない。激励の言葉もない。メッセージはたった一つだけ。続ける方法は君自身が見つけなければならないってこと。あきらめることはできない。
そしてさらに、マイナーでの2年目。歴史に残るようなことをやらかしてしまう。今振り返ってみても信じられないことさ。
ショートでなんと56個ものエラーを記録してしまうんだ。ドラフト1巡目指名の注目選手が、2試合に1度はエラーしたってことだ。
クラブハウスでベテラン選手達が「マジかよ。このガキが本当に俺達のチームの1巡目指名選手か?」と君を見て思っているのを、肌で感じることになるんだ。
47歳になった今、当時を振り返っても、この時が最も厳しい試練だったことに気づく。君の人生がどっちに転んでもおかしくない瞬間だった。当時はもちろんそんなことに気づくことはない。正直言って、ただただみじめになる一方だった。
だけど、何があろうと、決してあきらめちゃだめだぞ。
クラブハウスでベテラン選手達が「まじかよ。このガキが本当に俺達のチームの1巡目指名選手か?」と君を見て思っているのを、肌で感じることになるんだ
- デレク・ジーター
なぜって、面白いことに、マイナーでこれだけ失敗したことがポジティブな効果をもたらすんだ。最も大切なことは、次の打席、次の守備機会、次の瞬間しかないって自分自身を本気で納得させられるようになるんだ。
もし君に、たった一つだけ成功の秘訣を伝えられるとしたら、それは全ての試合をリトルリーグの頃の試合だと思い込むということだ。失敗を全く恐れなかったあの頃。ただただ、全てが楽しかったあの頃。メジャーでもあの頃と同じような気持ちで打席に立てるなら、“前回の打席”なんて存在しなくなる。そこに失敗は存在しない。そこにはこの“瞬間”しか存在しないんだ。ピッチャーがいて、ボールがあって、試合ができる。君が世界で最も愛するものたちだ。
野球の素晴らしさは、毎日成功するチャンスがあるということだ。
失敗をしても突き進んでいくことができれば、自分を高めていくことができ、結果的にピンストライプのユニフォームで夢を実現するチャンスを得ることができる。あの有名なネイビーのキャップを被るんだ。中学校に行く時に今も君が被っているのと同じやつだよ。メジャーリーグでのデビュー戦で、シアトルのキングドームのどでかい屋根の下を歩いていると、スタンドに父さんの姿を見つけるんだ。父さんは平静を装っているけど、このことが父さんにとってどんなすごい意味があるか、君にはわかるはずだ。全ては、君が子供の頃初めてタイガー・スタジアムに足を踏み入れた時のようだとね。でもあの頃より、スケールはより大きく、そして色鮮やかで生き生きとしているんだ。まるで現実じゃないみたいだ。
試合後に父さんはこう言うだろう。「お前のことを誇りに思う」。そして、君たちは食事をするために、頭に最初に浮かんだ店に行くだろう。
マクドナルドさ。
ニューヨーク・ヤンキースの一員として、マクドナルドでハンバーガーとフライドポテトを食べるんだ。君と君の父さんとでね。君のヒーローである父さんと。午後の幼稚園が始まる前に一緒にソファに座り、“ザ・プライス・イズ・ライト”(クイズ番組)を見ながら競い合った父さん(真剣に競い合ったよね)。カラマズーでソフトボールをプレーしている姿に憧れていた父さんと。
それは何にも代えがたい、一生忘れられない瞬間になるだろう。
35年間の野球人生には、君に伝えたい思い出がたくさんある。本当に全てがあっという間だったよ。ルーキーシーズンに、試合後にアッパーイーストサイドで遅い夕食をとっていた時、レストランの外を歩いていた通りすがりのニューヨーカーがこんなTシャツを着ているのを見たときのこと。
JETER
2
それはもう現実とは思えなかったよ。
あと、1996年のポストシーズン中、2番街にあるマンションの前にマーキュリー・マウンテニアを駐車して、翌朝起きたらその車が忽然と消えてしまっていたことに気づいた時のこととか。
「タクシー!!! ヤンキースタジアムへ頼む!」
(パーキングチケットを払うことを忘れちゃいけない。ヤンキースのスターターであってもだ)
思い出はすごく大切なものだ。
初めてのワールドシリーズ優勝。
5度目のワールドシリーズ優勝。
ヤンキー・スタジアムでの最後の打席。
本当に、時が経つのは早いものだね。
試合後のロッカールームで君はいつも、勝っても負けても、同じ言葉を発していた。周りがうんざりするくらい、君はいつも同じ言葉を繰り返してきた。だけど、今になって初めて、君はその言葉の裏にある本当の意味を理解することができる。
君はいつもこう言う。「オッケー、みんな。明日もやるぞ」
でも…。
いつか、明日が来ない日がやって来る。ある日、全てが素晴らしい思い出と変わる。
だから、もし君がこの手紙で何かを得られるとしたら、これだけは覚えていてほしい。
タンパで辞めなければ、孤独なホテルの部屋で諦めなければ、マイナーでの最初の数年間の失敗や屈辱に負けず突き進むのならば、君の全ては報われる。君は途方もない夢の中で生きることができるだろう。君はヤンキースの選手になるんだ。チャンピオンになるんだ。そして、殿堂入りだってするんだ。
決して当たり前だと思ってはダメだ。一打席、一打席を大切にすること。一つ、一つの守備を大切にすること。君がプレイできるこの試合の、かけがえのない全ての瞬間を大切にすることだ。
あと、ついでに…。
ちょっと思ったんだけど、そのボサボサの髪は切ったらどうかな?
心を込めて
デレク