“手紙” あの頃の君へ ~Letter to My Younger Self~
To Read in English (Published May 13, 2019), please click here.
10歳のジャックへ――。
君が父さんを大好きなこと。最高の親友で、相談相手で、何よりヒーローだと思っていることを、私は知っているよ。
何をするにも、父さんと一緒。フリースローをどう決めるか、カーブをうまく打つためのコツ、そしてアメリカンフットボールで気持ちよく飛んでいくパスの投げ方……。何だって教えてくれる。コロンバスで行われる、オハイオ州立大アメフトチーム・バックアイズの試合は6歳から父さんと一緒に見に行ってるよね。これは君が20歳になるまで1試合も欠かすことはないと言っておこう。
何年か前、父さんがバレーの試合で怪我しちゃったことを覚えているだろう。大怪我ではなかったけど、チームメートが玄関まで運んでくれたとき、父さんの足首は紫に腫れて、テープが巻かれてたよね。それからは、いままでみたいに君と一緒にスポーツを楽しむ、ということはできなくなった。その後、お医者さんは父さんに言ったんだ。「オハイオ州立大付近の薬局を何軒か走り回るような仕事以外にも、体は動かしたほうがいい」って。もともとスポーツ万能だった父さんにはいろんな選択肢があったと思うんだけど、そこで選んだのがゴルフだったんだ。
ゴルフ?
今の君にはそのスポーツのことがよくわかってないだろうし、これまで大した興味を持ったこともないはずだ。
でも今日だけは、父さんがゴルフ場に向かう前に付きまとって、悩ませてほしいんだ。ズボンの裾を引っ張ってもいい。車の前で待ち構えるのもいいね。着いていっていいか、聞いてみなさい。ゴルフってスポーツをちょっと教えてくれないかな、ってね。
父さんは連れて行ってくれるよ。そして、君がそこで見るものは何もかも、別世界に思えるはずだ。
君は父さんのキャディーバッグを担いで歩く。足首が痛くなるまでの1ホールか2ホール、父さんはプレーするんだけど、やっぱりちょっと休まないといけなくなる。
そこでやってほしいことがある。バッグに歩み寄って、クラブを抜く。そして振ってごらん。
父さんを真似るといい。
難しいことを考えず、無理のない姿勢で立って、バックスイング。そのときに、力を込める感じでね。そのとき、右肘はちょっと開いてもいい。野球で練習したような、パワーをためる感覚だ。トップ位置でほんの一瞬、動きを止めて、さあ、そこからクラブを下ろしてみよう。
最高の気分さ。とても自然で、正しいスイングなんだから。
アーリントン郊外の、粘り着くような暑い夏だ。何週間か、夢中でこのスイングにトライするうちに君は恋に落ちる。ゴルフというスポーツにね。そんな君の様子を見て、父さんが言うんだ。「本気で、ゴルフを習いたいか?」
答えは「はい」だ。
そうすれば、君の人生を変えてくれる人に出会えるよ。
父さんは、家から2ブロックしか離れてない、サイオートカントリークラブに連れて行ってくれるはずだ。こんな近くに住んでいたけど、これまではそこに足を踏み入れる機会がなかった。驚くだろう。今まで見たことのないような、美しい場所だよ。息をのむような鮮烈な景色を楽しめる、1年で最もいい時期でもあるんだ。草の緑も、砂の白さも想像以上だろう。それは金曜日、学校の始業時間前だ。父さんの車を降りると、君のような子供たちがコースのあちこちにいるのを見るだろう。そこらじゅうにゴルフバッグが転がっていて、ボールが点在する光景。心惹かれる雰囲気、たくさんのゴルファー、そしてコーチに会う。君の、初めてのレッスンだ。
「みんな、元気かな? 僕はジャック・グラウト。今からゴルフを教えるからね」
どこか、魅力のあるコーチだ。彼がプレーを見るとき、ゴルフを語るとき、そこには必ずちゃんとした理由がある。例えば、父さんが裏庭で、フットボールでスピンの効いたパスを出すために、ボールの縫い目にどうやって指をかけるか――、そんなことを本当にわかりやすく教えてくれた。ちょっと、似ているのかな。でも何もかもがうまくいくわけではないよね。学校の成績も抜群、とは言えないだろう。それにもうすぐ、ちょっとしたいざこざが君の身に降りかかる。
ただ、サイオートでグラウトコーチといるときだけは、うまくいくんだよ。何週間かのレッスンを受けたある日、彼はみんな並んで練習しているところで、君に声を掛ける。
「ジャック! ちょっとおいで。いつもやってるように、みんなにフェードボールやドローボールの打ち方を見せてくれるかい。どうやってきれいなターフを取るのか、お手本を示してもらえるかな」
君の〝模範演技〟に、みんなキラキラした視線を送ってくれる。そしてまた、練習だ。1950年の夏は、ひたすらスイングをして、ひたすらターフを取り続ける。いったいバケツ何杯分になるのかわからないくらいにね。
1950年の夏は、ひたすらスイングをして、ひたすらターフを取り続ける。いったいバケツ何杯分になるのかわからないくらいにね
しばらくして、家に封筒が送られてくる。中身は、請求書だ。それを握りしめた父さんが、君を大きな声で呼ぶんだ。その声色で、こりゃただごとじゃないな、と君も気づく。請求書は、サイオートカントリーからのものだ。
「ジャック、300ドルだって!」
ここが踏ん張りどころだぞ、ジャック!
君はこう言う。「だって父さんが、僕にゴルフを習ってみればって……」
「それにしても、練習球300ドル分も打ちまくったのか?」
ここでキメろ!
「僕はゴルフを習いたいだけじゃない。とんでもなくすごいゴルファーになりたいんだよ!」
父さんの怒りが完全に収まるわけじゃないけど、君のひと言は胸を打つはずだ。それからも何枚か、請求書が届くんだけど、いつの間にかそれは、来なくなる。グラウトコーチが、練習球については見ないフリをしてくれるようになる。君の将来に確信を持つからだ。本当にすごい人だよ。グラウトコーチは、ほどなく個人レッスンという形を取ってくれる。そこでの優しさ、恩は君にとって、永遠のものだ。
グラウトコーチが君にもたらしてくれたものを忘れないでほしい。それは、子どもたちと過ごす時間がどれほど大事かを教えてくれる。ささやかなことなんだけど、その時間を大切にするかしないかで、子どもたちの人生は大きく変わってくる。
夏の猛練習、サボるなよ。そうそう。いい道があるんだ。お隣さんの庭を抜けると、サイオートカントリーの4番ティーに出られる。この秘密の近道を使えば、日の出と同時にプレーを始められる。4番をホールアウトして、5番のティーショットを打つ。その後は省略して9番をプレーし終えれば、クラブハウスに戻れるって算段だ。これならクラブメンバーの大人たちがスタートする前に、朝の練習を終えることができる。それでもまだ1日は始まったばかりだ。そうやって、涼しいうちのラウンドが終わったらまた、昼ご飯片手に打ちっ放しレンジに向かうんだ。今や、練習球はタダでいくらでも打てる。練習して、おやつをほおばって、グラウトコーチにちょっとしたアドバイスをもらう。そろそろ4時くらいかな。ジュニアゴルファーたちがラウンドをせがもうと顔を出すころだ。じゃあ、行こうか。もう18ホール。これが上達には欠かせないんだ。最終18番に差し掛かるころ、太陽も地平線近くまで落ちてくる。このでっかくて長い(とそのころは感じていた)パー5のホール、ピンフラッグもやっと見えるかどうか。だけど、このインコース、終わりの9ホールこそ君に力を与える。最後まで、手を抜くんじゃないぞ。
子どもたちと過ごす時間がどれほど大事か。ささやかなことなんだけど、その時間を大切にするかしないかで、子どもたちの人生は大きく変わってくる
その夏、特別なことが起きるんだ。なんと1950年の全米プロゴルフ選手権は、サイオートで行われることになる。
選手権期間の週末、グラウトコーチは君をクラブハウスに連れて行ってくれる。そこでサム・スニード、スキップ・アレキサンダー、ロイド・マングラム、ボブ・ハミルトンといったプロゴルファーに会うことができる。彼らは君の髪の毛をくしゃくしゃになでるだろう。上達のヒントも教えてくれる。帽子や手袋にサインもしてくれるはずだ。そして何より彼らのプレーは、まるで君がやっているのとは違うスポーツのように見えて、その魅力にあ然とさせられるんだ。今までサイオートカントリーで君が打ってきたショットと、彼らすべてのショットは、本当に別物だと思えるだろう。
次にサイオートの芝に立ったとき、君はスニードかマングラムになった気分でいる。そういうプレーができると思い込んでいる。
そんな自信が、君をどこへ連れて行ってくれるか、よく見ておいてくれよ。
13歳になったとき、君には恐ろしいことが起きる。ただ、強くあることがとても大切だということを忘れないで。
それはインフルエンザかな、と感じるところから始まる。何か変だな、と。医者にもかかるが、はっきりしたことは言わない。そこからまず、体重が減るんだ。それも1週間に9kg近くも。ゴルフもうまくいかなくなる。ハーフで53なんて、見たこともないスコアを叩いてしまう。誰にも言えないまま、友達と一緒にオハイオ州ランカスターでの、2人1組でティーショットのよかったほうを採用するベストボール方式の試合に出場するんだけど、君のボールが選ばれることは1度たりともない。帰り道はひどいもんだ。どうしようもなく落ち込むことになる。
翌日、父さんは練習場にいる君を無理やり連れ帰る。姉のマリリンのことで何かがあるみたいだ。
「病院で、マリリンがポリオだと言われた。お前も検査しないといけないんだ」
その結果、君はもうポリオの症状が治癒段階に入っていることを告げられる。だからもうすぐ気分もよくなる、と。マリリンはそれからしばらく、闘病することになるが、いずれは完治する。ただ、その闘病がいかにつらくて、ついてないと思えるものなのか、君にはわかる。だから彼女がいつものマリリンに戻るため、君が何かしてやれることがほとんどないということも、とてもつらく思えるだろう。2、3年のうちにワクチンができて、彼女の生活は元に戻る。そしてこの病院や、病気、病に苦しむ子どもたちを間近に感じるという経験は、ずっと心に残るものとなる。そんな子どもたちに手を差し伸べられる日が、必ず来るんだ。絶望の中で、助けを求めるということがどんなものかを知ることになる。その気持ちを、忘れないでほしい。
君の症状もすっかり落ち着いて、体調も元通りになる1954年には、ゴルフの調子もこれまでで最高と言えるものになるだろう。そしてトレド市近くのシルバニアカントリークラブで行われるオハイオアマチュア選手権に出場するんだ。
習慣づけてほしいことがある。君が大きな試合、本当に大切な試合に出るときには、何日か早く会場入りして、できるだけ数多くの練習ラウンドをこなしてほしい。当たり前だよ――、そう思うかも知れないが、誰もがそれをやっているわけではない。これをすることで、最終日には違った結果が待っているはずだよ。
じゃあ、火曜日にシルバニアに向かおう。練習を始めよう。
コースにはまだ誰もいない。雨も降ってくる。だけどこの週末にも雨が降る。いまのうちにこのコースの、雨の中でプレーする感覚をつかんでおこう。練習ラウンドが終わって、君は雨を避けてクラブハウスに逃げ込む。
そのドアを開けようとしたとき、練習場で打ち込む誰かの姿が目に入る。君と同じような背丈か……、ちょっと彼のほうが背が高いかな。大枝のような二の腕、切り株のような両足だ。ビシビシ聞こえてくるアイアンから弾き出されるボールはミサイルか、ロケットのようだ。
雨が横殴りになってくるが、彼は顔を上げようともしない。
座って、見るんだ。彼を見つめるんだ。
数分で、君はずぶ濡れになる。それでも、彼がこちらへ向かってくるまで待てば、彼が誰なのか知ることができる。だけど、彼は動かないんだ。私が君へのこの手紙を書いている、いま、このときも彼はその練習場にいるように思える。
だからジャック、まあクラブハウスに戻って服を乾かそう。
あれが誰なのか、教えてくれる人を探そう。
すぐに見つかるよ。
そしてこう答えてくれる「ああ、あの練習場の子かい」。
「前年度優勝者だ。アーノルド・パーマーだよ」
そうだ。1954年、君が14歳のときに見た彼がアーニーだとわかる。だけどオハイオに住んでいて、少しでもゴルフをやったことがあるなら、誰でも知っている名前じゃないか。
その大会、アーニーは君を完璧にやっつける。その数カ月前には、全米アマチュアゴルフ選手権で、アメリカ中のトップアマ全員をやっつけているんだ。彼はスーパースターであり、紳士だ。それから何年か、君はアーニーをあちこちの試合会場で見ることになる。しかしその度に、君は彼のゴルフの前にひれ伏す。彼に肩を並べられるようになるには、数年じゃきかない時間が必要なんだ。
ただ、必死に練習を続けていけば、必ずそのときが来る。生涯の夢がかなう時が。その前に、オハイオ州立大に進学だ。
バックアイ(州木のトチノキにちなんだ大学のニックネーム)の一員となる。
その、入学最初の週に君は天使と出会うよ。
大学の研究室・メンデンホールを出たところの、ハガーティー通りのすぐ脇で、友人のメアリーと会う。彼女は最近友達になったばかりという、バーバラと一緒だ。
次の授業の教室に向かってバーバラと歩くうちに、彼女は特別な存在だと思い始めるだろう。
必ず、バーバラに電話するんだ、ジャック。その日の夜だよ。
彼女は平静でいる。いつもそうなんだ。
そして、こう言う。
ちゃんと聞いてくれよ。
「近いうちに、時間を作れるかも知れないわ」。そう言ってくれるはずだ。
夢見心地のデートが、現実のものとなるんだよ。
バーバラしかいない。そう思えるようになる。
在学中、ゴルフの腕も上がっていき、君はアマチュア米英対抗戦・ウォーカーカップの全米代表に選ばれ、さらに全米アマチュア選手権で勝利を手にする。ただ、それが契機ともなって君にはプロとしてやっていけるか、という悩みがずっと付きまとうことになる。でも、それでいい。その気持ちがまた、頑張る理由となってくれるから。
近いうちに、時間を作れるかも知れないわ
では1960年の全米オープンに出る自分を想像してみて。君はもうアメリカを代表するトップアマだが、そこで実力を示さないといけない。伸び伸びとスイングして、プレーに集中すれば、可能なはずだ。そして、ジャック、言わせてくれるかな。チェリーヒルズでのこの大会、2位という好成績を残し、君の人生は大きく変わる。優勝は、そうだ。アーニーだ。最終日、「65」というとてつもないスコアをたたき出す。君はそれを目の当たりにするんだ。
しかし君はそこで、もっと大切なものを手にする。そうだ。彼らに交じってプロとしてやっていける、真の自信だ。
前進あるのみ。プロ転向だ。保険の勧誘も、薬局経営の勉強もしなくていい。君は追いかけるべきもの、すべてを投げうって取り組む価値のあるものを手にしているはずだから。
世界中の人と分かち合える、何かをね。
1962年、〝その時〟が訪れる。何千時間も練習して、また、思い出せないくらい多くの悔しい試合も経験して、まるで魔法のように〝その時〟が訪れるんだ。
その年の全米オープンはオークモントで開催される。ミスが許されない、難攻不落のモンスターコースだよ。その試合はアーニーとの一騎打ちのようになる。スコアボードを見ればいつでも、君の名前のすぐ隣に、アーニーの名前もある。そうするうちに、大ギャラリーが詰めかけてくる。彼らは「アーニーズアーミー」。熱狂的なアーノルド・パーマーのファンだ。ここはひたすらターゲットに狙いを定め、集中する。彼らを意識の外に置きなさい。それまでにもアーニーズアーミーの存在に悩まされることはある。だけど、アーニーまでを疎ましく思う必要は全くない。彼は、本当に素晴らしい男なんだ。
そしてこれからすごいことが起きる。大ギャラリーの存在すら気にならなくなるような。
最終日、君は「69」でラウンドする。リーダーズボードのトップにその名前が乗る、素晴らしいプレーだ。ただ、アーニーが黙っているはずがない。同スコアでの1位タイフィニッシュを決めてきた。オークモントでもう18ホールで行われるプレーオフは、数年前、練習場で雨を切り裂くあのアイアンショットを打っていた少年との、本当の一騎打ちとなる。
プレーオフは、伯仲の様相だ。そして10,000人はいるかと思えたギャラリーが追ってくる。でもここで、グラウトコーチと過ごした日々が君の大きな助けとなる。あの暑い夏、何時間もひたすらボールを打ち続けた日々。君の耳が聞いていたのは、クラブヘッドが芝を叩く音。ただそれだけだ。
後半に入り、君は特別な感覚の中をプレーする。あのころと同じ、雑音も聞こえないほどの集中力。アーニーは、ほんの少し、心の揺らぎがあった。この差が、出た。わずか数打のことだったとしても、君にはじゅうぶんなんだ。彼も、生身の人間だ。君は、全米オープン覇者となる。
両親の姿を見つけるだろう。
2人の顔がすべてを物語ってくれる。
チャンピオンだ。
最高さ、ジャック。最高だ!
その後も君は、アーニーと何度となく対戦する。彼はいつも輝かしく、誇らしい結果を残すよ。試合後は決まって、君とバーバラを夕食に誘うんだ。彼こそが、こう呼ばれるべきだろうね。
キング――。
さて、ジャック。将来、君が経験するだろうことを、私はまだまだたくさん話せる。例えばグリーンジャケットを賭けて、アーニーたちと戦った日曜日のことだ。でも、それを教えたくてこの手紙を書いているんじゃないんだ。
この手紙で本当に言いたいこと。よく聞いてほしい。君はメンデンホール研究室の横で初めて会った例の美人、バーバラとの間に女の子をもうける。その子の名前はナンシーだ。「ナン」って呼ぶようになる。ナンと、4人の息子たちを家族に迎えることは、この上ない幸せな出来事となる。
ナンがまだ1歳になる前のこと、彼女に咳の症状が現れる。さらに喉が詰まるようになるんだけど、理由がわからない。バーバラと君で、コロンバスの子供病院にも行く。そこでナンの気管に詰まっているクレヨンが見つかる。医師も慎重に取り出そうとするんだけど、砕けて肺に入ってしまい、ナンは肺炎にかかる。君もバーバラも心配で気が気じゃなくなるけど、完治するから安心してほしい。
その病院にいるとき、頭のどこかでスイッチが入る音を聞くだろう。そして、君と姉のマリリンがポリオにかかったときのこと、病院での診察風景、そのときに見た病気に苦しむ子どもたちの記憶が浮かんでくる。そのときに感じた、何もできない無力感がまざまざとよみがえってくる。しかも今度は君の実の娘だ。この感覚が、君とバーバラがこの先進むべき道を照らすことになる。
そう思える日ができるだけ早く、または別の環境で来ればとは思う。ただその日、特別な助けと愛情を必要としている子どもたちがいることを思い出すことで、ゴルフとは離れたところで彼らに何かしてやれることがある、と君は気づくんだ。
君と、彼。そう、アーニーと一緒に協力して、PGAツアーに新たな風を起こそうと活動を始める。君たちは、愛するゴルフがどれほど社会貢献に役立つものか、気づき始めるんだ。トッププレーヤーたちが集結するそのツアーで、君たちや他のプレーヤーたちが一致団結することができれば、人々の生活に大いに役立てることに気づく。君とアーニーの奮闘によりけん引されたPGAツアーはその後、50年を越えても誇らしく存続し、30億ドル以上というチャリティー募金を集めることになる。
いつか君は、誇りを持って連邦議会議事堂に立つときが来る。この国を作った人たちの彫刻に囲まれ、議員から金色のメダルを首に掛けてもらう。君が続けてきた、無数の助けを必要とする人や世界への活動に対する称賛、感謝の印として。「グリーン上の白いカップに白いボールを沈めるこのスポーツは、子どものころ、父親から教わったどんなスポーツよりも、多くのお金をチャリティーのために集めることができました」。君はそこに立ち、人々に語りかけるだろう。
ゴルフは、どうすれば社会に恩返しができるか、恵まれない家族や助けを必要とする子どもたちに貢献できるかを君に教えてくれる。
少し時間を要することになるけど、1976年、君の家族の壮大なプランだった、メモリアルトーナメントの開催がオハイオで実現する。ナンシーの命を救ってくれたコロンバス子供病院(のちに全米子供病院と呼ばれる)と君が協力して、彼らがこの大会の募金の、主要受け取り先となる形で開催するんだ。50年を越えるチャリティー活動の中で、メモリアルによる寄付金は330万ドルあまりに達する。そのほとんどが、道沿いにあるこぢんまりした子供病院のために使われる。いつの日か、君とバーバラはその病院を訪問し、トーナメントが及ぼした変革を感じるだろう。それは、君たちの人生を変える。間違いない。
いま一度、言っておきたい。君がこれからの人生で打つであろう数多くの1メートルのパット。それがどんな局面であっても、子どもたちのために動くことより大切な1打など、絶対にない。
絶対にだ。
とはいえ今後、数え切れないパットを打つだろう。多くの、忘れがたいパットもある。中でも、1986年1月の日曜日に打ったパッティングは、特別なものになるはずだ。君は、オーガスタナショナルゴルフクラブにいる。父さんのヒーローだった、ボビー・ジョーンズとの縁も深い、君たちにとって格別のコースだ。その魔法のような日曜日に最後のパットを沈め、君は6度目となるマスターズチャンピオンとして、グリーンジャケットに袖を通す。その下に着ているシャツは、黄色だ。その日に選んだ色であり、デザインでもある。がんを患い、わずか13歳で命を落とした君のファンへの追悼の意味が込められている。その色は、いまから何十年後、全国の小児病棟にいる子どもたちを、PGAツアーやその他ゴルフ全般を通じて応援しようという呼びかけの、シンボルカラーになる。黄色をまとう。これも覚えておくといいよ。
いずれ君は、基金を立ち上げる。君の名を冠したものだが、それは重要ではない。子どもたちを救うという使命。君の家の裏庭で遊んでいるような子どもたちから始まり、いずれ世界中のそうした子どもたちを救うことこそが大切なんだ。しかし君はいずれ、マイアミの子供病院と密接な活動を始める。その病院に、君の名前が書かれてあることで、自身のもたらす影響力の大きさを知ることになるだろう。あり得ないような、とても飛躍した話に思えるかも知れないが、本当のことだ。
君がこれからの人生で打つであろう数多くの1メートルのパット。それがどんな局面であっても、子どもたちのために動くことより大切な1打など、絶対にない
君の基金はあっという間に100万ドルを超える。マイアミの病院は、ありがたいことに君の名前を冠し、14の外来病棟をフロリダの海岸沿いに展開する。それは子どもたちが世界トップクラスの治療を受けるために、フロリダを離れる必要がなくなるということを意味するんだ。6階建てで189床のベッドを備える小児病棟ができる。いくつもの、最新、最高水準の機器が毎年運び込まれ、設備の改善を怠ることもない。ニクラウス子供病院に足を運ぶたび、医師や看護師からいろんな話を聞かせてもらえる。いつも楽しい思いをするんだけど、結局いつも涙を流すはめになるんだ。君は何年も入院している子や、不調に見舞われた子ども、治った子ども、今度は手を貸す側として病院に戻ってくる子たちと触れ合うんだ。
それこそ、その場所でのふれあいこそが、君に伝えたかったすべてなんだよ、ジャック。
さあ、ジャック。君は今日、父さんと出かける。そのときに、私が話したことを思い出し、試してほしい。脇は少し、開けて打つんだぞ。バーバラへの電話も忘れるなよ。アーニーとのディナーにもちゃんと行くこと。
そして何より、恩返しすることを忘れちゃいけない。
ゴルフによって得たものは数知れない。それに対して、どんな恩返しをするのか。それこそ、君がどのようなゴルファーとして世間に名前を残すのかを決めることになる。
必ずだ。
――ジャックより
ニクラウスによる子供のためのヘルスケア財団(The Nicklaus Children’s Health Care Foundation)の詳細と支援方法については、以下のWebサイトをご覧ください。