本当の自分
僕は基本的に、自分について言われたことに反応しないようにしている。それは僕の性分じゃないからね。僕は内向的なタイプだ。相手のことを本当に知らないかぎり、自分について話したいとも思わない。だからほとんどの場合、雑音は無視できる。でも時々、ある境界線を越えられてしまうと、僕がどんな人間かを知ってもらいたいと思うんだ。必要にかられて。
別にメディアを揶揄しようとしているわけではないよ。フットボールについて回るものも理解しているからね。僕の言っていることはわかるでしょ? 彼らは僕のことを書いているわけではないんだ。それはなんていうか、彼ら次第の“マーカス・ラッシュフォード”というキャラクターを書いているようなものだ。しかもそれは、夜遊びに出かけた26歳とか、駐車違反のチケットを頂戴した若者とか、そんなものにとどまらない。僕のクルマの値段や、憶測の週給、身につけているジュエリー、タトゥーにまで及ぶ。さらには、僕のボディランゲージや倫理観、家族、フットボーラーとしての未来までもが詮索される。そこには、ほかのフットボーラーを語るときには絶対にない独特のトーンがある。ひとまず、それは脇に置いておくとして。
その一部は、パンデミックの時の出来事によるものだと思う。僕はただ、子どもたちが腹を空かせることのないように、社会的な自分のヴォイスを利用しようとしただけだ。それがどんなにひもじいものか、僕は知っているから。でもなぜか、その行為は一部の人々の気持ちをひどく逆撫でしてしまったようだ。どうやら彼らは、僕が人間らしい行動を起こす時を待ち構え、なにかあるとすぐに指を差し、こう言うんだ。「ほら、見たことか。これがあいつの本当の姿だ」と。
いいかい、僕は完璧な人間じゃないんだ。間違いを犯してしまったら、すぐに自分の非を認めて、その後に生かそうとする。それが僕だ。でも誰かが、僕のマンチェスター・ユナイテッドへの貢献を疑うのなら、黙ってはいられない。それは僕のアイデンティティーを疑われるようなものだ。それは男として守るべきすべてでもある。僕はここマンチェスターで生まれ育ち、少年の頃からこのクラブでプレーしている。僕が子どもの頃、人生を変えるほどの大金を家族が断ってくれたからこそ、僕はこのバッジとユニフォームをまとうことができたんだ。
メディアは僕のクルマについて語りたいようだね。では、5歳や6歳や7歳の子どもが、バスを3度も乗り換えて街を横断し、マンチェスター・ユナイテッドの練習場、ザ・クリフへトレーニングに行くところを想像してほしい。そこに誇張はまったくないよ。母さんに訊いてみるといい。僕の家族や親戚にクルマを持っている人はいなかったから、誰かが仕事を休んで、僕に付き添わなければならなかった。本当に免許さえ持っていなかったんだ。その頃、僕らは2つのバスを乗り継いで街の中心へ行き、そこから街なかを歩き、また別のバスに乗ってサルフォードへ向かった。雨が降っていたとしても、ちゃんとしたものを食べていなかったとしても。そして僕が数時間トレーニングしている時、母さんはずっと座って僕を待ってくれていたんだ。フットボールのことなんか、なにひとつ知らないのにね。愛情だけを原動力に。そのあとにまた、同じ道のりで帰宅する。僕がユナイテッドでプレーしたいという、その夢を叶えるだけのために。なにも僕は、ここで嘆いているわけではない。まったくね。そのすべての瞬間が大好きだったから。
ザ・クリフで、僕らがはじめに教わったことは何だと思う?
「自分自身を表現するんだ」
トニー・ウィーラン、イーモン・マルヴィー、そしてマイク・グレニーから受けたそのアドバイスは、僕が今までにフットボールの世界で受けたなかで最高の部類に入る。
僕にとって、ユナイテッドがどんな意味を持つのか。それを話し始めると、こいつは変な奴だなって思われてしまうんだ。だってもしそれが僕でなければ、嘘みたいに聞こえてしまうだろうから。でも理解してほしいのは、子どもの頃の僕にはユナイテッドでプレーすることがすべてだった、ということ。僕らには手の届かない存在だったんだ。チームの一員になることが難しかったし、そこにとどまるのはもっと困難だった。マンチェスターのあちこちで、5人制の大会が行われていたことを覚えている。出場する選手は皆、1ポンドを賭けるんだ。年齢制限はなく、子どもが大人と対戦することもあった。僕はいつも母さんに1ポンドをねだっていた。なぜなら、優勝したチームはその賭け金を総取りにできたから。それはちょうど、オールド・トラフォードのチケット代くらいになった。僕らは本当に若かったけど、何度か優勝したよ。
オールド・トラフォードにいること……それは僕にとってすべてだった。僕らは、他の人たちが全員いなくなるまでそこにいた。ほぼ空っぽのスタジアムで、周りを見渡し、耳を澄ませた。オールド・トラフォードには、独特な音があるんだ。それはサラウンド・サウンドのエコーのように、すごく落ち着くものだ。何度も引っ越しをしてきた僕のような少年にとって、そこはいつも自分の家のように感じられた。
そんなものが自分のなかにあれば……それはもう、ただそこにあるとしか言えない。誰かに与えられたものではない。ただそこにあるんだ。
10歳か、11歳か、12歳くらいの時、僕は注目を集めるようになり、あらゆるエージェントやクラブが、僕の家族に金品を渡そうとした。ユナイテッドはまだ、僕を特待生として扱っていなかったから、よその人たちが様々なオファーを提示してきたんだ。なかには、人生が変わるほどの金銭をちらつかせてきたクラブもあった。彼らはこう言ったよ。私たちは君のファミリーに家を買い、そのガレージにクルマもつけよう。君の家族の人生を変えてみせよう、と。当時、母さんはラドブロークスでキャッシャーとして働いていた。兄さんはAAに勤務していた。だから彼らがこう言ったとしても、おかしくはなかった。「その契約を受けてしまいなさい!」と。
でも彼らは、僕がユナイテッドでプレーするという夢を抱いていたことを知っていたから、絶対にプレッシャーをかけてきたりしなかった。おそらくあまり多くの人は知らないと思うけど、僕は実際、別のクラブを知るために、そのアカデミーで2試合に出場したことがあるんだ。試合後、ドレッシングルームから出てきた僕に、母さんと兄さんたちはこう聞いたよ。「どうだった? どっちにする?」と。
「ユナイテッドに戻りたい」と僕は答えた。
それだけさ。そして僕らはバスに乗って家に帰った。うちの家族はすべてを、本当になにもかもを賭けたわけだ。今になって振り返ると、とてつもなく大きなリスクだったと思う。ものすごく上手い少年たちの多くが、ファーストチームにさえ上がれなかったわけだから。でも僕には、それしか選択できなかったんだ。あの頃、家族会議で自分がこんなことを言ったのを覚えている。「もしみんなが支えてくれて、いつか僕がユナイテッドでプレーできたなら、自分はみんなの目を見て、あなたは変わらなかった、と言える。そしてみんなにも僕の目を見て、君は変わらなかった、と言ってほしい」と。
人々は僕の家族のストーリーを知っていると思っているみたいだけど、それはほんの表層的な部分にすぎない。世間が知らないことはたくさんあるんだ。なぜなら僕は自分が現役でいる間は、すべてを明かしていいものかわからないと思っているからね。コマーシャルや映画みたいに扱われても困るし。人々は僕がウィゼンショー出身だというけれど、子どもの頃は何度も引っ越しをせざるをえなかった。本当に色んなところに住んだよ。ヒュームには、おばさんと。モス・サイドには、おばあちゃんと。チョールトンには、兄さんとちょっとだけ。ウィジントンのサルトニー・アヴェニューにも。数え切れないくらいの場所にね。
でもどんなに辛かったとしても、それを隠そうとは思わない。だって、そうした日々によって、僕という人間が形作られていったわけだから。今でも、あの頃の近所の友達と会うことがある。すると僕らは、頭を振って笑いながら、こんなふうに言うんだ。「なあ、あの時のことを覚えているかい?」と。
もしあなたにもそんな経験があれば、わかるよね。
面白いことをひとつ、明かそうと思う。もしかしたらこんなこと、言わない方がいいかもしれないけどね。ユナイテッドのファーストチームでの最初のシーズン、僕は休みになると実家に戻り、友達とストリートフットボールをしていたんだ。それが僕のカルチャーだから。今もそれは自分のなかで生き続けているし、僕が成功できた理由のひとつでもあると思う。同じような環境で育っていない人には、理解してもらえないかもしれないけれど。
僕が本当に小さい頃から、母さんはいつもこう言っていた。
「無料のものなんてないのよ、マーカス」と。
その意味はフットボールにまつわることではなかった。ただエージェントを遠ざけるために言っていたわけではなく、人生全般についてだ。年を重ねるごとに、僕はその意味を理解していった。
「ただのものなんてない」
お金は良いものだよ。ありがたいよね。でも、夢には無限の価値がある。僕には、11歳の時から、ユナイテッドでプレーすることがたったひとつの目標だった。あの頃のことは覚えているよ。まだクラブと契約できていない頃、ワッザやクリスティアーノがアカデミーにやってきて、僕たちと遊んでくれたんだ。僕はただ、憧れの眼差しを向けるだけだったけどね。そういうのって、わかるでしょ? そこにはフォトグラファーも来ていて、彼らは終わった後に少年たちと一緒に写真に収まっていた。でも僕はひとり、みんなから離れて遠くにいた。すると兄さんがこんなふうに言ったよ。「ワッザと一緒に写真を取ってもらえ! 何をしてるんだ???」
「写真はいらないよ」と僕は応えた。
「写真はいらないって???」と兄さん。
「いつか彼らと一緒にプレーするからね」と僕。
あそこで写真を撮ってもらわなかった少年は、僕だけだったと思う。ほかのクラブから提示された大金を断ってから、僕のなかにはそれくらい大きな野心が生まれていたんだ。自分はもう子どもじゃないと考えていた。チャンスを掴み、人生を変えなければならない。その一心だった。とにかく歩みを進め、夢のなかを生きていくんだ、と。マンチェスター出身の少年としてだけでなく、ヒューム、モス・サイド、チョールトン、ウィジントン、ウィゼンショーからやってきた選手として。もしあなたが、それは僕に約束されたものだったと考えるなら、まったく違うからね。
いいかい、実のところ、フットボールは一瞬のあぶくに終わることもあるんだ。だから僕は、普通の人間でいることを心がけている。古くからの友達を大切にし、夜に出かける時や休日にも、これまで通りの自分でいようとしているんだ。とはいえ、それとは異なる側面もある。僕だって、人間だからね。多くの20代の若者がしてしまう過ちを犯すこともあるし、そこから学ぼうともしている。ただ、誰も知らないところで、僕は犠牲を払ってもいる。理解してほしいのは、困難な時に頼りになるのはお金ではないってこと。そんなものではなく、フットボールへの愛情なんだ。ただただ、シンプルに。
ここ数シーズン、ユナイテッドが過渡期にあることは誰もが知っているよね。僕らが勝っている時は、ファンは疑いようもなく、世界最高の存在になる。そんなかつてのクラブを取り巻いていたポジティブなエネルギーが、僕らには必要なんだ。そうした空気がもたらすものを、僕は知っている。なにしろ、僕の最悪な時期をやり過ごす手助けになったんだから。このスタジアムのピッチに足を踏み入れるたび、ファンの歌が聞こえる。それは僕の名前が入った歌だ。あるいはキックオフの前にオールド・トラフォードをぐるりと見渡せば、あの頃と同じポジティブなエネルギーを感じられる。
いつもキックオフの前に周りを見渡すと、心の底ではまだひとりのファンなんだと、あらためて自認する。それは僕の血なんだから、どうすることもできない。初めてアンフィールドでプレーした時のことは、絶対に忘れないよ。ピッチ上でユナイテッド対リバプールのとてつもない雰囲気を感じ、笛が吹かれた瞬間にファンの叫び声が聞こえ、ものすごいアドレナリンが出て、開始早々にレッドカードをもらいそうになった。ジェームス・ミルナーのことは大好きだけど、彼に向かってスプリントし、ひどいタックルを浴びせてしまったんだ。なぜなら、僕はものすごくエモーショナルになっていたから──ユナイテッドの選手としてだけでなく、たまたまリバプール戦のピッチに立っていたひとりのユナイテッドファンとして。家に帰った後、家族にこんなことを話したのを覚えている。「これからは、感情をコントロールしないといけない。ファンとしての気持ちは脇に置けるようにしないと、僕はすべての試合で退場処分になってしまいそうだ」と。
僕はどんな批判も受け入れることができる。いかなる見出しを打たれてもかまわない。ポッドキャストから、ソーシャルメディア、新聞まで、なんだって受け入れるさ。でももし、このクラブに対するコミットメントや、フットボールへの愛情、うちの家族の献身を疑うのなら、ほんの少しは思いやりを持ってほしいと思う。頼むから、お願いだよ。
でも実のところ、心の底から正直になるとさ、本当は人々から懐疑的に見られたとしても、全然かまわないって思うところもあるんだ。もし誰もが僕のことを愛しているなんて言われたら、嘘だと思ってしまう。この世界がどんなものか、僕はわかっているからね。なにしろ僕は、本当に小さな頃から大人になる必要があったんだ。いつだって、自分自身を頼るしかなかった。世界の半分が敵になったような最悪のことが起きた時はいつも、たったひとりで数日を過ごし、リセットする。そうすれば、大丈夫。子どもの頃に嫌なことがあったら、ボールが見えなくなるほど真っ暗になり、母さんが帰ってきなさいと叫んでいる声が聞こえるまで、ひとりであらゆるストリートをドリブルで駆け抜けていた。内向的な僕はただ、リセットするためのスペースが必要だったんだ。それがうまくいかない時は、話を聞いてくれる人を見つけた。時々、そうせざるを得なかったから。いずれにせよ、フィジカルにしろ、メンタルにしろ、自分が落ち込んだ時こそ、僕はいつもこう感じてきた。ユナイテッドとイングランド代表のために、最高のフットボールをしてすべてを取り戻すんだ、と。
世界はまだ、このユナイテッドのスクアッドと個々の選手たちの最高の姿を見ていない。本当さ。僕らはまたチャンピオンズリーグでプレーしたいし、今シーズンの終わりには代表のメジャートーナメントが控えている。僕らは然るべき場所に戻るさ。そのためにハードワークを続けなければならないし、僕はその先頭に立ちたいと思う。
もしあなたが僕のことを支持してくれるなら、それは良いことだね。
でももしあなたが僕のことを疑うなら、それはもっと良いことだよ。