クリーブランド、また今年もこの時がやってきたね

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プレーオフはひと味違うものだ。

シンプルにそうなんだ。

ベースボールにおけるこの真実を最初に教えてくれたのは、ティトだ。テリー・フランコーナというレジェンドにそれを教わったことを、僕は誇りに思っている。

2022年、僕のルーキーシーズンのこと。以前は誰かに「とにかくプレーオフは違うんだ」とか言われても、あまり信じていなかった。若手選手なら、いつも周りの人たちがプレーオフのことを話すのを耳にするものだけど、どこかで自然と聞き流してしまうようになる。でもティトはね、僕に物事の真理を教えてくれたんだ。

その年、チームはポストシーズンに勝ち進み、僕は自分自身にこう言っていた。これまでにプレーしたビッグゲームと大差ないだろう。カレッジ・ワールド・シリーズに出たことはあるし、オレゴン州ですべて勝ち取ったよな。だからこれから戦う試合も、同じようなものだろう、と。

10月の肌寒い金曜日の午後、僕らはホームにレイズを迎え、プレーオフの初戦が始まろうとしていた。プログレッシブ・フィールドに集まった人々は皆、試合が始まる直前まではちゃめちゃに騒いでいた。そして場内放送のアナウンサーがラインアップのセレモニーを始めると、突如として、僕は身体中を駆け巡るエネルギーの衝撃を感じたんだ。

僕は先頭打者だったから、観衆に向けて最初に名を告げられるところだった。

監督が表に出ていった後の一番手、ということだね。

だからまずティトの名前が呼ばれ、ファンは予想通りかつ適切に、彼を称える。すると彼は、大いに威厳を保ちながら、小走りで出ていく。とても豊かな経験を備え、気品を振り撒く、素晴らしい人物だ。そんな人の次に呼ばれたのが……

僕だった。

背が低くてずんぐりしたルーキーは、ちょっと前までマイナーにいた。5.9フィートのアジア人の男だ。

フィールドに駆け出していく際、高鳴る心臓がざわつく胸から飛び出しそうだった。そして頭のなかでは、ただただ……

絶対にヘマをするなよ! 顔からずっこけたりしないように。足を交互に出して。しっかり走るんだぜ! って感じだった。

数秒後、スタジアム全体のなかでフィールドに立っていたのは、僕とティトだけになった。正直に言うと、そこに立っている間、自分が何をしたらいいのか、よくわかっていなかった。だからあたりを見回し、すべてを受け入れ、ティトに小声で話しかけた。

「監督、これはちょっとすごいですね。こんな感覚、初めてです」

深呼吸をひとつして、オーケー。

「監督、年齢を重ねると、こんな感覚はしなくなるものですか?」

この直後に起きたことは、なんていうか、ただただパーフェクトだった。

「そんなことはないわな」と、ティトはクールなスマイルを浮かべて僕に言った。「ノー! 変わらないよ。これこそ、世界最高のフィーリングだ」

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理解してほしいことがある。僕はベースボールに人生をかけている。僕が今していることは、野球だ。それは文字通り、僕がずっと望んできたことなんだ。成長するにつれて、僕は学校があまり好きではなくなっていった。これといった趣味もなかった。野球は僕のアイデンティティーそのものなんだ。もし誰かが7歳の頃の僕に、いずれティトとそんな会話をするようになると言ったら、僕は即座に舞い上がっていたことだろう。

そして対話が素晴らしかったように、あのような大舞台で人々から注目されたこと、またそこに到達できたことは、僕にとって計り知れないほど大きな意味があったんだ。

僕はメジャーリーガーになるべくしてなったわけではない。まったくね。

いやもちろん、子供の頃に僕の話を聞いてくれた人たちには、いつかプロとしてプレーしたいんだと言っていたよ。でも多くの人は僕を信じていなかった。信じると言ってくれた人たちは……僕を思いやってくれていただけにすぎない。

なぜなら彼らは僕を見ても……基本的には、何も読み取れていなかったのだから。

僕はずっと小さかった。足が特別に速かったわけでもない。ドカンとものすごい一発を放つようなバッターでもない。よく言われるような「有望な選手」というわけでもなかった。今の僕を見て、ちょっと待てよ、この選手がメジャーでプレーしているのかい? オールスターに出場したって? そう思う人がいてもおかしくはない。いや、7歳や12歳、15歳の頃の僕が、どんなふうに見られていたかを想像してみてほしい。

懐疑的な目、なんていうのは、かなり控えめな表現だよ。

少年時代、メジャーリーグでプレーしたいという夢を抱いていると、僕の母さんでさえ、こんな感じだった。「えーーっと、そうねえ。私にはよくわからないわ、ハニー」

スティーブン・クワン
Courtesy of Steven Kwan

いや、僕はママのことが本当に大好きなんだよ。彼女は最高だ。でもママはなんていうか、多くの人がアジア人を思い浮かべる時の典型というか、テレビに出てきそうなアジア人キャラなんだ。超リアリストで、ものすごく実務的、まっとうに生きている。必要以上に、僕を焚き付けようともしなかった。

だからママに僕がプロのボールプレーヤーになりたいと言った時、彼女はこんな感じだった。「そうね、あなたはたぶんあんなふうにはなれないから、もっと現実的な何かを考えましょう」

高校では、 スカウトが集まるすべての大会に出て、自分の力を見せたはずだけど、それでもなかなか注目されなかった。そんな時、ママは言ったよ。「しょうがないわよ。あなたは最高の選手ってわけじゃないし。特待で入れる大学を見つけて、しっかり卒業して、将来に繋げるのよ」

ほどなくして、ママが求めていたシナリオが現実のものとなった。しかも文字通り、偶然に。僕をオレゴン州立大に誘ってくれたネイト・イェスキー監督は、ある大会にマイケル・コペックの視察に行った。そこで二つのソリッドなヒットを放った僕に目を留め、スカウトしてくれたんだ。監督は僕の中に特別な何かを見出し、チャンスを与えてくれた。僕はずっと自分を信じていたけど、僕のことを信じてくれる誰かが必要だった。ネイトがそんな大切な人になってくれた。

そこからは、いやマジできついトレーニングに明け暮れたよ。クレイジーなハードワークだ。小さくてスローでやせっぽちなアジア人でも、信頼してもらう価値があると証明しなければならなかったから。

とにかく追い込んだ。毎日、朝から晩まで。恩師ネイトに出会ったあの時からずっと。

クリーブランドと僕が完璧にお似合いなのは、きっとこれが理由のひとつだと思う。

スティーブン・クワン
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この街、住んでいる人々、みんな見せつけて証明する。クリーブランドでは自分のことをすごいといくら語ったところで、誰も認めてくれない。自分が誰なのか、示さなければならない。ホスピタリティーにあふれ、温かく、親切な雰囲気が、クリーブライドには間違いなくある。地元のみんなが支え合っている。そうしたものと入り混じりながらも、根底にははっきりとわかる根性がある。そしてみんな、楽しんでいる。仕事に出かけ、働いて、頑張って、やることやって、その後に友達や家族とビールを飲んで笑って。

これに勝るものなんて何もないよ。

この街はスポーツ、そしてホームタウンのチームを愛している。やばいくらいにね。クリーブランドの誰かと話してみたら、すぐにわかるよ。ブラウンズ、ガーディアンズ、キャブスの話になるまで、2分とからないはずだから。僕は選手として、彼らの愛をいつも感じている。調子の悪いときでさえ、僕を励ます声援が聞こえるから。レフトスタンドでポジティブに声をかけてくれる人たちは、本当に僕を勇気づけてくれるんだ。

そうだな……、もう一度言わせてほしい。ひとつ条件があって。それは絶対的なものだ。

誰かがしっかりやっていれば、彼らはその姿を見てくれている。間違いなく。

そして今年のガーディアンズのチーム。わくわくするような要素がたくさんあるよね。

スティーブン・クワン
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このグループはスペシャルだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

春に当初の予定より2週間も早く全員が集まった時に、わかっていた。誰も言葉にはしなくても、互いにこんなことを感じ取っていた。いいか、オレたちは本気だ。ここには仕事に来ているんだからな。そんな感じだった。

そこから西海外のふたつのシリーズで勝利を収め、僕らはさらに勢いをつけていった。6月に入っても首位を走り、チームに素晴らしい結束力が生まれていることを知った。遠征先ではチームメイト全員でディナーを囲み、ステーキを食べ、バカみたいに楽しく過ごしたんだ。飲み物もたくさん。選手たちは即興でスピーチをし、それを見てからかったり、誰かの真似をして爆笑を取ったり……。つまりシアトルやフィリー、それ以外のいろんな街のステーキハウスで、わいわいやっていたのさ。ラテン系に、英語を話す仲間、誰もが楽しんでいた。その後にホテルに戻ると、クラブハウスでもそうだけど、みんな色々とやる──マリオカート、トランプ、ファンタジーフットボールとか、様々なことを一緒にやるんだ。そこにエゴや派閥はない。

たとえば、ホセ・ラミレス──ファーストバロットで殿堂入りしたうちのキャプテンだ。彼もまた、ほかの仲間と同じようにカードゲームをしたり、ステーキハウスで下品な冗談を大声で飛ばしている。

正直に言うと、彼はチームの成功に極めて重要な存在なんだ。なぜならすべては、このレジェンドからトリクルダウンしているようなものだから。彼は信じられないほど強く勝利を追い求める。大きな影響を及ぼす存在だ。

ただしホセには、もっとすごいところがある。フィールド上で勝利するだけではない。彼はすべてにおいて勝ちたいんだ。ちょっと説明するよ。

いつだってホセとトランプをすると、彼にはマジカルな力があることを思い知らされるんだ。彼は魔術師か、何かだと思う。毎回、僕の手にどんなカードがあるのか知っているだからね。ビデオゲームもすごいんだ。いやいや、本当に信じがたいほどにね! マリオカートではウィル・ブレナンやタイラー・フリーマンと対戦するんだけど、見ている僕が信じられないようなドライビングをするんだ。ホセは1周目にアイテムを集め、3周目までそれらを残しておく。最適なタイミングで使える瞬間まで。つまり、彼は目的を持ってプレーする。いやプレーというより、戦略だね。マリオカートのような遊びでも、念入りに事を進め、これ以上ないほど真剣にやるんだ。

こんな偉大な選手と一緒にプレーできることを、本当に幸運に思っている。外の人には理解してもらえないかもしれないけど、彼はあらゆる面で、本当に特別なんだ。

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もちろん、レストランでハメを外したり、みんなでカードゲームをしたりするのが、勝利につながるわけではない。そこは監督の手腕が大きいと思うんだ。

スティーブン・ボート監督のことは、いくら讃えても讃えきれないよ。彼はどんな時もすっかり信頼できる人物だ。そして選手のことを完全に理解してくれる。選手の特性を理解し、長所を伸ばし、能力を引き出す。彼の行動は決して見せかけや大げさなものではない。何か言うべきことがあれば、監督はすぐさま行動に移す。でも同時に、選手たちを最大限に信頼してもいる。彼からの信頼は、はっきりと感じられるものだ。それはこのチームの全員にとって、ものすごく意味のあることなんだ。

ほんの2、3年前まで選手だったから、彼には僕らの気持ちがわかる。監督もスランプを経験し、ベースの前で屈辱を味わい、試合結果を左右するエラーを犯してしまったらどんな気分になるのかを知っている。文字通り、ベースボールのすべてを経験してきた人だ。選手たちを叱り飛ばすよりも、ポジティブに励まし、それぞれのポテンシャルを開花させようとする。

結局のところ、彼はこのグループが大好きなんだ。今年のクリーブランドが特別なものを備えていると、監督は心の底から信じている。

そして僕らを信じさせてくれる。きっと僕らが主役になると。

そう今…… まさにこれから臨むプレーオフで、僕らが主役になれるかもしれない。

スティーブン・クワン
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僕らというのは、まさにチームに関わるすべての人々を指している。ファンを含めて。

だからこの話を終わりにする前に、はっきりさせておきたい。このポストシーズンでは、一人ひとりがどれだけ重要かを、みんなに理解しておいてほしいんだ。

ファンがスタジアムを満員にし、相手チームを悩ませてくれる時、それはテレビのアナウンサーが指摘するようなことだけではないんだ。ファンの応援は、実に大きくモノを言う。それは相手をプレーしにくくさせるだけでなく、僕らにエネルギーを与え、僕らの糧となる。特に接戦では、勝負の鍵となることもある。だから全員で団結することが、本当に大事なんだ。

ポストシーズンに歴史を作るために必要な要素は揃っていると、心から信じている。

いやマジで、どれだけ楽しくなるんだって話だよ。

待ちきれない。

ティトはこう言った。たった今、チーム全員で経験しようとしているのが、プレーオフなんだ。

それは世界最高のフィーリングだよ。

スティーブン・クワン

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